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高松地方裁判所 昭和53年(ワ)334号 判決

原告 四国貯蓄信用組合

右代表者代表理事 八木恭平

右訴訟代理人弁護士 大野忠雄

楠瀬輝夫

武田安紀彦

被告 株式会社今新ビル

右代表者代表取締役 星野真一

右訴訟代理人弁護士 飛田正雄

主文

一  被告は、原告に対し、金二億三六六三万一二二二円並びに内金一億円については、昭和五四年一一月二九日から、内金一億一三一二万一〇〇〇円については同五五年五月二〇日から、内金二三五一万〇二二二円については昭和五二年一一月一日から、それぞれ支払済みに至るまで、年一割八分二厘五毛の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

一  請求原因について

1  請求原因事実はすべて当事者間に争いがない。

二  抗弁1(支払猶予)について

1  ≪省略≫

2  抗弁の(二)の事実については、被告代表者の供述のなかに右事実に副う供述があるが、右供述はにわかに信用することができず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。

三  抗弁2(相殺)について

1  抗弁2の(一)の(1)ないし(4)の事実について判断する。この点に関し、右各事実と符号する被告代表者の供述は、にわかに信用することができず、他に右各事実を認めるに足る証拠はない。

以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、抗弁2の(一)は理由がない。

2  抗弁2の(二)の(1)(定期預金)の事実は、当事者間に争いがない。

抗弁2の(二)の(2)(相殺の意思表示)の事実は当裁判所に顕著である。

3  抗弁2の(三)の(1)のうち、原告が被告主張の仮差押をなした点は当事者間に争いがないが、右仮差押が不当なものであつた点については、被告の主張自体具体性に欠けるものであり、かつ証拠上もこれを認めるに足りる証拠がない。以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、抗弁2の(三)は理由がない。

四  再抗弁(相殺)について

1  再抗弁1の事実のうち、原告主張の各建物賃貸借契約が原告からの解約申入れにより終了した点は当事者間に争いがない。

次に、保証金、敷金の点について判断するに、≪証拠≫を総合すれば、右各賃貸借契約の締結に際し、原告主張の各保証金、敷金が、原告より被告に交付されたことが認められる。ところで、賃借人が賃貸借契約の際交付した敷金、保証金の返還を求める場合には、賃貸借契約終了の事実を主張立証すれば足り、賃貸人の方で、未払賃料等残存債権があり、それを敷金返還請求権と相殺した旨を主張して、賃借人の請求を拒絶することになる。本件において被告(賃貸人)から、かかる具体的な主張、立証がなされていない以上、再抗弁1の事実のうち、各敷金、保証金の返還請求権及びこれに対する民法所定の遅延損害金請求権はいずれも原告主張どおり認めることができる。

2  再抗弁2の(1)ないし(3)の各事実、同3及び同4の各事実は、当事者間に争いがない。

五  再々抗弁(信義則違反)について

1  原告と被告との信用組合取引に際し、相殺等による差引計算する場合の利息損害金の計算は、相殺実行の日とする旨の特約(再抗弁3の事実甲第一号証信用取引約定書第七条三項)がなされている点は当事者間に争いがない。右特約は少なくとも当事者間では有効である(東京高判昭和四三年五月二九日金融法務事情五一九号参照)が、通常の場合預金利息の利率より貸付金の利息あるいは損害金の利率の方が高いのであるから、銀行等の金融機関がいつまでも相殺の実行を引き延ばし、高率の損害金を相殺により収受できることにもなりかねない。

他方、取引約定書に基づく取引においては、預金者からの相殺(いわゆる逆相殺)を否定しているものでないことは明らかである。預金者が相殺をなした場合右特約は適用されない(従つて、民法五〇六条二項によることになる。)から、預金者は、自ら進んで相殺をなすことにより、利息損害金の増大を防ぐことが可能である。従つて、金融機関が、預金者からの相殺を制約しつつ、不当に相殺を引き延ばした場合に限つて、信義則上右特約の適用が制限されると解すべきである。

2  本件の場合、請求原因1の(2)ないし(5)の貸付金と定期預金との相殺適状時は昭和五二年一〇月三一日(原告において抗弁1の(一)支払猶予後の期日を争わないもの)であること、原告が相殺を実行したのが、同五五年五月一九日、被告が相殺の意思表示をなしたのが同年一二月一〇日であることは当事者間に争いがない。原告の相殺の実行が、相殺適状時より約二年七か月も後になされたことは、原告のような金融機関の債権回収のあり方として当否は問題であるが、本件全証拠によつても右相殺の遅延が、原告の不当な引延ばしによるものとする具体的な主張立証のない以上、原告の右相殺について、信義則に違反するとは認め難く、被告の再々抗弁は採用できない。

したがつて、被告が相殺の抗弁(二)で主張した自働債権たる定期預金債権は、原告のなした相殺によつて消滅したこととなり、結局原告の本訴請求を拒みうる理由とならない。

なお、原告は、再抗弁1の(1)ないし(5)の敷金等の返還請求権についても損害金等の計算を昭和五五年五月一九日で計算しており、右債権が信用組合取引約定の前記条項によつて律せられるものであるかは疑問であるが、右債権の損害金は年五分の割合で計算されており、受働債権たる定期預金の金利より低率であることから、適状時より遅れて計算することが被告に不利な計算ではないことを付言しておく。

六  結論

以上により、原告の本訴請求は、すべて理由があるから、これを認容

(裁判官 井上郁夫)

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